Home > 2006年12月

2006年12月 Archive

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  • Comments (Close): -
  • TrackBack (Close): -

三河屋でーす(三郎、青森県出身)

  • Posted by: TORU
  • 2006-12-19 Tue 02:05:44
  • Foods(食)
mixiで良くお邪魔する峰さんのところで三河屋さんネタがあったので、自分のとこにも書き込んでおこうと思いまして、、、。

三河屋という号といえば、やはり「サザエさん」の三郎のいる、あの「三河屋」のイメージ。三河屋といえは、酒屋の代名詞とも言えるほど、定着しています。

この三河屋と言う号の由来は、江戸期に遡るようです。江戸期、廻船を背景とした物流機構が整備されていく過程で、江戸市中にはそれぞれの同業組合が設けられました。その一つに酒店組があります。江戸の同業組合は、元禄7年(1694年)に十組問屋を組織し酒店組もその一つ。この十組問屋はその目的通り菱垣廻船が掌握しました。これはまさに流通革命でした。更に酒店組は享保15年(1730年)、樽廻船を用いて流通速度をアップさせ流通革命を推し進め、繁盛し扱う品目も増えて行きました。江戸の流通革命の主役である酒店に三河ものが多かったゆえ、三河屋と名乗る商人が多くなったらしいそこから三河屋いえば「酒屋」の代名詞になっていきました。これに由来し、商売繁盛にあやかるためか、三河屋というのは号としていろいろな分野の屋号に用いられるようになったようです。佃煮屋、肉屋、旅館などなど。

これらの店の創業時期がいつなのかを統計をとれば、三河屋が増えた遠因が「サザエさん」効果だったのか、それとも「江戸の酒店」に由来するのかが決着しますが、、、。

ところで、サザエさんに出て来る三河屋ですが、東京都世田谷区のサザエさんの生まれた町、桜新町には「サザエさん通り」という商店街があります。モデルと言われる三河屋さんも長年ありましたが、世の酒屋が「コンビニ」に脱皮し生まれ変わったように、今、その場所には、「セブンイレブン三河屋店」があります。
検索してみてくださいね。

Vietnam

Vietnamにプライベートで遊びに行ってきました。JALのマイレージが消滅しそうなのが60000mileほどあったので。今回はトラブルは殆どなかったのですが、空港の入国審査で、、、えらい目に遭いました。このトラブル、JALが原因でした。
mileでのチケットを11月に発券して、日にち変更をしたんだな。チケットの表紙にシールをはって内容変更があった旨を示すのが普通だろ、ということで成田で内容変更のシールをはってね、といったのに、「いえいえ、そんな必要はありません。そのまま行ってください。」と言われた。「ほんとうに?」と何度も確認したのに、「大丈夫。」といわれて、いったら、Vietnamについたら、「こんな古いチケットもってきても入国させる事は出来ん!」といわれて入国できんやん!!結局紆余曲折してVietnamAirの全然関係のない人に助けてもらって入国はできたんですが。
JALさん夜便しかないからって、お昼に担当者を置かないのはどうですか?客が困った時、どうするつもりなんですか?と言いたい。
Vietnamというお国柄で入国にハードルがあるのでしょうけど、それを想定しないJALさん、それは客に迷惑をかけてます。そして、その時、コードシェアしているVietnamAirにも迷惑を掛けているんではないですか、、、。正直、JALさんともあろう大会社がこんなにお粗末なことをすることが信じれません。

そろそろ雪モード

そろそろ雪モード
http://www.maikokorakuen.co.jp/
今年も舞子後楽園(新潟・塩沢町)に行く予定です。板のチューンもとっくに終り、DVDでイメージトレーニング。ファーストレイヤーなどの小物を揃え、そろそろ「雪」モードです。
今年は、12月16日のオープンですが、雪は大丈夫かな。
週末はふったかな。

追悼、灰谷健次郎

  • Posted by: TORU
  • 2006-12-05 Tue 19:21:00
  • Books(本)
先日(11月23日)、灰谷健次郎(Haitani,Kenjirou)が亡くなった。
小学生の頃、学級文庫に「兎の眼」があったが殆ど素通りに近かった。その後暫く灰谷作品からは遠ざかっていたが、大学生になってから、「海の図」をはじめとする海山を舞台とした作品群は心動かされた。灰谷作品はこどもに優しい。更に言うと「生」に対する優しい眼差しがある。そんな青臭い作品群ではあるが新鮮であった。それから殆どの作品を買い集めた。共感できない作品もあったが「生きる」ことの矛盾も含めた作品として、愛してやまなかった。ご冥福をお祈りいたします。

そんな僕が灰谷作品をあるときから買わなくなった。それは97年のことだ。
その理由は灰谷の作品が新潮社で読めなくなったからだ。

97年、神戸連続児童殺傷事件の際、新潮社の週刊誌「フォーカス」は、当時中学3年生であった加害少年の写真を公開した。これに対し彼は、抗議のため新潮社に対し執筆拒否をし、全ての著作の版権を新潮社から引き揚げた。このため、その後の作品は角川書店から出ている。

これにはまいった。これまでの灰谷作品は全て新潮社で集めていた。角川書店には申し訳ないが、僕は角川文庫の装丁が気に入らない。本は作品の中身だけではない。その触った感じや表紙や文字の組み方、サイズなんかも全然異なる。角川文庫は「文庫本」としては今ひとつなのだ。

昔の角川文庫は「文庫の大御所」であり、本当に良い作品を収録していたが、今は「売れる」本が収録の中心であるし装丁もその「時代の気分」は捉えているが節操はない。一方で新潮は「本」として纏まっている。大手では新潮社が好きな出版社なのだ。

それゆえ「抗議の仕方として他にもあったのではないか。独善的過ぎないか。」と当時思った。それ以後も図書館では借りても本は買わなかった。いまだに残念だ。

新潮の週刊誌だけではない、報道の自由を隠れ蓑にした「覗き見」商売については、いまも何一つ変わっていない。売れるのだから。近年の青少年にからむ犯罪と報道を見ると、当時問われたことは、何一つ解決していない。僕は覗きたくはない。

Index of all entries

Home > 2006年12月

タグクラウド
ブログ内検索
リンク
RSSフィード

Return to page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。